
「みんなのわ」のつながりでは、すべてのクリエイターは「対等」な仲間です。
成功しているとか有名だとかは一切関係なく、お互いに尊重し、リスペクトしあいながら関係を深めていくこと。これを何よりも大切にします。
そしてこれをみんなが「あたりまえ」の感覚として身につけていくことを目指します。
生成AI、いいね数や閲覧数、配信サービス、野放しにされている卑劣なコメント、等々、現在の世界では作品やクリエイターの尊厳が大切にされていない現状があります。
「みんなのわ」では、そのような作品やクリエイターを傷つけ踏みにじるものをみんなで潰していきながら、クリエイターと作品の尊厳がめちゃくちゃ大切にされるような世界をみんなで協力して作っていくことをひとつの目的とします。
クリエイターの人たちは作品と深く向き合うことを日々行っています。
一方で、他の人、特に分野の異なる人たちとの人間的な深い関わりをもつ機会が、現状ほとんどありません。
クリエイターの人同士がお互いに関心をもってリスペクトしあいながら、深く関係を作っていけるような世界。
それを「みんなのわ」は目指していきます。
生成AIがクリエイターや作品の尊厳を傷つけている現状があります。
生成AIの生成する「画像」や「音」といったものはクリエイターが生み出す「絵」や「音楽」といった「作品」とは全く異なり、中身がまったくありません。
それは「作品モドキ」という言葉で呼ぶべきものです。
このことを皆の共通認識としたうえで、クリエイターや作品の尊厳を守っていくために、それら「作品モドキ」を生成するAIを全廃していきます。
現状行われている、「閲覧数」や「いいね数」、「フォロワー数」といった「数字」によってクリエイターや作品が評価されるという仕組みは、クリエイターや作品の尊厳を踏みにじっています。
そもそもそのような数字はクリエイターや作品の価値とはまったくなんの関係もありません。
これを全廃し、クリエイターや作品の尊厳を尊重した、人として真っ当な仕組みを作っていきます。
一般に「表現の自由」は「守るべきもの」という認識がされていますが、ここには大きな落とし穴があります。
まず、現状「表現の自由」の名のもとに人を傷つける内容や非人間的・反社会的な内容の表現が野放しにされています。
これは「暴力の自由」と同じことであり、法治国家として許される状況ではありません。
また、これによって「わいせつ物」に該当する作品など、取り締まる側の自由な判断による、事実上の「検閲」がまかり通っている現状があります。これはもちろん日本国憲法に違反します。
道路に例えるなら、これは「スピードの自由」と同じことです。取り締まる側の自由な判断により、どのような速度を出している車も「スピード違反」で取り締まれてしまう状況にあり、また実際に逮捕者も出ています。
これははっきりと認識しなければなりませんが、「表現の自由」を手放しに認めることは、検閲を認めることです。
検閲を全廃するためには、表現の自由を適切に取り扱う仕組みを作っていくことが不可欠です。
現状、クリエイターは互いに無関心な競争相手で、「自分は自分、他人は他人」という感覚のもと、「自分や自分たちが成功すればよい」「成功した有名なクリエイターはえらい」という世界観が蔓延しています。
「みんなのわ」は、クリエイターのみんなが分野を越えて対等に、お互いにリスペクトしあい、深く関わりあいながら、これまで誰もみたこともなかったような作品群を生み出し続ける、そんな世界を目指します。
絵を描いている人、音楽を作っている人、演奏する人、文章を書く人、映像を作る人、人を笑わせる人、等々、その他あらゆる分野のクリエイターの人たちを「対等」な関係としてつなげていきます。
様々な領域や分野のクリエイターの人たちが、有名であろうがなかろうが対等な関係性の中でお互いに交流し、関係を深めていきます。
例えば、バンドマンとイラストレーター、アニメ監督とお笑い芸人の人が互いにチャットなどで意見を交わしたりすることを日常的に行っていくイメージです。
様々な問題に対して、現状どのような問題があるのか、目指すべき方向はどのようなものか、共通認識を持つことがまず重要です。
この認識をみんなのわのつながりの中でみんなが理解し、共有していけるように伝えていきます。
みんなのわは、世界中のすべてのクリエイターの人たちがお互いに対等な関係としてつながりあうことを、長期的な目標として目指していきます。
みんなのわは、数字で作品を評価したりランク付けしたりしない、作品とクリエイターの尊厳を最大限尊重し、人間同士のコミュニケーションや応援を大切にするような、真っ当な作品公開プラットフォームを作ることを目指します。
みんなのわは、クリエイターや作品の尊厳を傷つける「作品モドキ」を生成するAIを全廃することを目指します。
みんなのわは、「表現の自由」を適切に取り扱う仕組みを作り、それによって検閲を全廃することを目指します。
つなぎ役・クイック賄派がその「人」をみて判断します。